「現実という原点」



自分はいつも日常の中に確かなものを探して、それっぽいものを見つけて、いざ掴んでみたら泡みたいに消え、またかと落胆してる。
自分の頭の中で出した答えすらあれは何だったのだろうって後々から違う考えに追い出されてたり。

同じ所に戻っては異なる自分を生み出していく。


真理を突いたような事を諭す作家や学者や宗教家ですら同じ所に戻ってくる。

同じ所とはつまり動物としての人間に戻る現実や日常。

人生の達人が素晴らしい講義、演説をしたっていつも同じ所に戻ってきて嫌らしくクセの有る人間の姿に戻ってしまう。
付き人や家族などはそれを知っていて心の中では「この人も所詮はただの人間だ」と思って見守っていたり。

人間は頭で考えたり経験したりして作る事はできても変える事はできない。

高尚な教えはすべて作られたものでそれを飲み込んでもそのようにはならないのだとしたら人間はずっと昔から遥か先の未来まで結局何も変わらない生き物だということになる。

一時悟った気になって結局同じ所に戻ってくるを繰り返す。
気分が優れない日は落ち込むし、嫌いな人にはイラッとするし、噛み合わない会話をしてストレスを溜めたり、うっかり相手の傷付く事を言ってしまったり。
仕事で疲れれば怒鳴ってしまう事もある。
人間の不幸はこんなどこにでも有り、誰にでも有るほんのちょっとしたものの蓄積から始まってる。


戻ってくる所を変える事はできない、それは人間そのものだから。
じゃあ何のために出会い生まれるのだろう。
おそらく悟りも感動も物理的なもので意味は無いのだろう。
摩擦から静電気が発生し感電する様なものなのだろう。

だから愛を説く人が怒りにまかせて暴力をふるっても何もおかしくはないのだ。



#絵 #悟り #哲学 #エッセイ #日記 #意識 #思考 #ブログ

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