『司馬遼太郎が語る日本』ー司馬遼太郎
●松陰の優しさー②

✪村田蔵六は長州では百姓身分でした。長州藩士ではありません。大坂へ出て学問で名を上げ、やがて宇和島藩に蘭学のプロフェッサーとして招かれます。当時、
「蘭学をやるなら宇和島に行け」
と言われたほどでした。

当時の日本は面白い国ですね。大藩もあれば小藩もあるのですが、小藩のほうが学問に熱心でした。宇和島も十万石でしかない小藩ですが、人材発掘に力を入れたのでしょう。蔵六は宇和島では大小を差し、侍の格好ができました。会社の社員ではないが嘱託のような、つまり藩士に準ずる立場に取り立てられたのです。

あとで長州は俺の藩からそんな偉いやつが出たのかと驚き、あわてて呼び戻すことになります。それから長州藩で非常に大きな存在になってくるのですが、宇和島時代の話を続けます。
当時、シーボルトはすでに日本にはいませんでしたが、その落し胤、おイネさんという娘さんが長崎に残っていました。シーボルトの弟子たちは情愛の深い人たちだったようで、この一粒種のおイネさんをとても大事にしました。

特に宇和島出身の二宮敬作という医者が、よく面倒を見ました。おイネさんを宇和島に連れて帰り、いろいろ蘭学を教えました。女医さんにしようと思ったようですね。
ところが二宮敬作は宇和島から少し離れた卯之町に住んでいまして、宇和島の城下に行くにはずいぶん時間がかかります。

#宇和島 #蘭学 #長州

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