グローバリズムに行き詰まりを感じつつある現代において、左翼思想においてもナショナリズムを前提に思想を語っていくことが主流となっている。左翼が現代社会の代案となる具体的なユートピア構想をほとんど持っておらず、現実批判のための現実批判を延々と展開してゆくばかりの現状は今に始まったことではない。
戦後、左翼の絶対的権威であったソ連も対して疑問が生じてくる。それによって、その当時現れた「新左翼」は当初から国民有権者を大きく掴むものではなかった。世の中は、行動経済成長が軌道に乗り、与党自民党の路線はかなりの支持を得た。そんな中で共産主義はあくまで正しい、素晴らしいという前提で、ソ連や共産党みたいにならないためにはどうするか問題定義したところで、時代錯誤なだけであったのだ。なぜなら、危険のある共産主義を捨て、資本主義をよりよくして行けばと切り替えされればおしまいだからである。
そこで新左翼の人々は、日本人の大多数を幸せにしつつあった高度経済成長の欠落をあげつらい、社会的なマイノリティーを見つけては、社会全体のあり方が原因だと訴えたのだ。さらにアジア諸国のも目をつけて、日本国民へ、自分たちの豊かさについての自己批判、道徳的反省を迫る途を選ぶ。こうした運動はごく一時期、野次馬的注目を集めるくらいで、国民多数の政治支持を得るには程遠いものでした。
敵を前提として、その敵と戦っている自分たちを正義とする左翼と右翼の構図。その敵に勝ち、平和が実現した後、何が世の中を統べる正義なのかを示すのが困難である。この限界を超える社会思想は、果たしてあり得るのだろうか。

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