『三島由紀夫語録』ー秋津 建
●「道義的革命」の論理について
 
✪そのとき実は無意識に、彼は自刃の思想に近づいていたのではないか、と私は考えている。天皇と一体化することにより、天皇から齎(もた)らされる不死の根拠とは、自刃に他ならないからであり、キリスト教神学が単に人間の魂を救済するのとは違って、現人神(あらひとがみ)は、自刃する魂=肉体の総体を、その生命自体を救済するであろう。

✪かって磯田光一氏は「殉教の美学」と言い、野口武彦氏は「終末観の美学」と言った。「自刃の美学」というのは、同様、レトリック(修辞学)としてはあり得るだろうし、「自刃の美学」  を挿頭(かざ)して浄瑠璃を書くことは可能であろう。『奔馬』の最後の文章で、三島氏が「正に刀を腹へ突き立てた瞬間、日輪は瞼の裏に嚇奕(かくやく)と昇った。」
     と書く時、三島氏は、いかさま、「自刃の美学」を信じていたに違いない。   
美学というには、生きているということが要件であり、生きていればこそ可能な観念体系である。逆に云うと、美学は、絶対死なない
という安全保障がなければ生まれない。その意味では、美学は単に、生きて作品を制作している芸術家の、芸術上の表現にすぎない。
   
ところが、「自刃の美学」という言葉は、一つのパラドックスである。自刃という行為とそれによってもたらされる死(自刃しても必ずしも死なないというような近代的な考えはこの際問題外である)の一瞬をTurning point(転換点)として、死の側に踏み込み、生の側の美学から離れて行ってしまうのである。そして、そこに現れたものは、思想である。「自刃の思想」に他ならない。
 
「自刃の美学」が死の側に立つ「自刃の思想」に変わった時、「自刃の思想」は、天皇によって不死の根拠を与えられる。この新たなパラドックスにより、思想は救済され、復活する。
 
 
 


#美学 #思想 #救済

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