『黄金の言葉』・亀井勝一郎-①


●「人間と言葉」-まえがきにかえて

🔯人間と人間とがむすびつくのは、言葉を通してである。あたりまえの話だ。そして私たちは日本人だから、日本語なら自由に使えるはずだと思い込んでいる。しかし、このあたりまえのことを疑ってみよう。私たちは、ほんとうに言葉において自由であるか。また人間と人間とが言葉を通してむすびつくと言うけれど、ほんとうにむすびついているのか。「むすびつく」とは、どういうことなのか。


 
誰でも経験していることがひとつある。たとえば音楽を聞いたり、絵を見たり、また読書などで、心に深い感動をうけたとき、或いは心のなかに多少でも複雑ななやみのあるとき、私たちは、どういう状態におちいるか。誰でも経験することは、まずものが見えなくなるということだろう。言葉を失うわけだ。感慨の深さやなやみの深さにそれは比例する。沈黙せざるをえないような状態におちいる。

言葉について考えるとき、私たちはよく「理解」したという。どんな風に理解したかは、言葉として表現してみなければわからない。しかし沈黙の理解というものもある。感動の深さをたくみに表現はできないにしても、その深さをかみしめることはできる。だまっているからといって、わからないとはかぎらないのだ。しかし、だまっていると、第三者には全く通じないから、不問に附せられてしまう。

私がこんな事を言うのは、沈黙に対して、深いおそれと敬意を持たなければならないと思うからだ。沈黙の理解があるように、沈黙の怒りや反抗ももある。だまっている人を畏れなければならない。




#沈黙 #深さ #言葉 #亀井勝一郎

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