『この国のかたちー四』-司馬遼太郎
●士について-②

✪薩摩の士風が、よく代表的なものとされた。たとえば、江戸初期の朝鮮通信使が、林大学頭(かみ)に、

「武士には捕吏は要らないというのは本当か」

と、質問した。縄目の恥辱を避けるためにその前に切腹してしまうからである。林大学頭は、それは薩摩の美風だ、と答えている。

 

薩摩藩は、独特の士風を保つために、学問はほどほどでいいとされた。もっともその点では他藩も似たようなもので、維新後、旧幕臣の勝海舟が、いう。

「・・・・・昔の武士は(中略)身体を鍛えることは随分骨を折ったが、併(しか)し学問はその割にはしなかったよ。(中略)その代わり、一旦国家に緩急がある時は、命を君の御馬前に捧げることは平生(へいぜい)ちゃんと承知していたよ」(『氷川清話』)

 

教養はさほどなくても、中国古典でいえば、「士は窮しても義を失わず」(『孟子』)とか、「士にして居を懐(おも)うは、以て士と為すに足らず」(『論語』憲問篇)といったような実例は、江戸期には掃いて捨てるほどにあった。(居とは地位のことで、居を懐(おも)うとは、出世することばかり考えているという意味)。

 

勝海舟は、薩摩通であった。明治後、日本国の宰相たるべき者として、維新後、

「たとえ西郷・大久保がいなくとも村田新八(1836~77)がいる」

と語った。

 


#司馬遼太郎 #薩摩藩 #勝海舟

ナイスしてくれた人(33

  • j.nickName
  • j.nickName
  • j.nickName
  • j.nickName
  • j.nickName
  • 33

次の投稿

前の投稿

#司馬遼太郎を含む投稿

Official

realinfo

瞬間、瞬間を生きる。

人間の価値は、社会に対してどれだけプラスの影響力を与えることができるかにかかっている。

realinfoさんの最近のフォト

Simplog

便利なアプリをダウンロード

iphone QRコード
App Store
Google play

簡単ブログを
はじめてみましょう!

Simplogについて

ここに写真をドラッグ&ドロップ

ファイルを選択

※2MBまで