『三島由紀夫語録』ー秋津 建
●「航海日記」について

✪感じやすさというものには、或る卑しさがある。多くの感じやすさは、自分が他人に感じるほどのことを、他人は自分に感じないという認識で軽癒する。子供のころ私は父や母が、人前で私の恥ずかしいことを平気で話すのをきいて、絶望した。しかしやがて世間の人ガさほど思っていないことを識るにおよんで安心した。


✪”自分が誰かにいつも見られていると感ずる注察妄想のような知覚を、われわれは感じやすさとは呼ばない。また、子供の時期、いわゆる多感な年齢の一時期の、他者に対する過剰な意識を妄想とは呼ばない。子供の時期は感受性の宝庫なのである。これを一生涯宝だと思って大事にしまっておく人は決して芸術家にはならない。宝はゴミ溜だったと知って、感受性というゴミを棄てようとするのが芸術家だ。芸術とは感受性というゴミを如何にして棄てるかという方法を模索することに他ならない。

 

ところで「航海日記」の中で三島氏はこう書いている。

「ボードレールは不惑不動を以てダンディーの定義をした。感じやすさ、感じすぎること、これはすべてダンディーの反対である。私は久しく自分の内部の感受性に悩んでいた。私は何度かこの感受性という病気を治そうと試みた。それには二つの方法がある。濫費して使い果たすこと。もう一つは出来うる限り倹約すること。私はこの二つの方法に代わる代わる拠(よ)った。一見反対の効用をもちながら、併用することによって効果を倍加する薬品があるものである。」「感じやすさのもっている卑しさは、われわれに対する他人の感情に、物乞いをする卑しさである。自分と同じ程度の感じやすさを他人の内に想像し、想像することによって期待する卑しさである。」

 

三島氏にとって初めての航海は、感受性を濫費するのに絶好の機会であった。三島氏は思った。「私の理想とした徳は剛毅であった。それ以外の徳は私には価値のないものに思われた。」と。


 



#或るいやしさ #航海日記 #三島由紀夫

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