朝鮮通信使と雨森芳洲
11/4 佐賀新聞

 「朝鮮との外交に携わった雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)は、『誠意と信義の交際』を信条としたと伝えられます」。1990年5月、来日した韓国の盧泰愚(ノテウ)大統領は宮中晩餐会(ばんさんかい)の答辞でこう述べる。対馬藩に仕えた儒者、芳洲の名前に突如、光が当たった瞬間だった

◆今でこそ芳洲は江戸中期、日韓の間に立つ優れた外交官として知られるが、当時は埋もれた存在。彼のことを大統領のスピーチ草案に盛り込んだのは韓国の元外交官、徐賢燮(ソヒョンソプ)さんである。駐日大使館勤務時代、神田の古書店街で収集した書物で芳洲を知った

◆芳洲は文禄・慶長の役を大義名分のない戦(いくさ)として豊臣秀吉を非難している。「あの時代に秀吉を批判した人がいたとは」。徐さんは驚くと同時に、「互いに欺(あざむ)かず、争わず、真実をもって交わる」という芳洲の外交方針にいたく感銘した

◆ユネスコの「世界の記憶」に、江戸時代の外交使節「朝鮮通信使」の資料の登録が決まった。その時代、日韓双方が心がけたのは芳洲が主唱した「誠信の交わり」だ。国の違いを人々の心で埋めてきたのだろう

◆以前、駐福岡総領事だった徐さんは、取材に「歴史認識のズレを解決するには若い人の交流が何より重要だ」と語ってくれた。大切なのは通信使と芳洲の精神を、両国の若者にこそ知ってもらい、ともに歩む未来に生かし続けることである。(章)

※「誠信の交わり」を壊しているのは韓国。

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