The Beatlesが世界の音楽地図を塗り替える以前、
日本には和製ポップスのブームがあった。
和製ポップス、または洋楽カヴァとも呼ばれる
このジャンルは、欧米のポップスやジャズ、シャンソン、
映画音楽などに、日本語の訳詞をのせて歌われたもので、
ロック登場以前に、若者文化を代表する存在に
位置付けられていた。
(というか、他に選択肢がないので、
それで代用していたというのが実情だろう)

しかしThe Beatlesが登場して、すぐにこの洋楽カヴァは廃れ、
グループ・サウンズの時代になるが、GSになっても、
日本のポップ・ミュージックは依然として、
自分達の言葉を見つけられなかった。

その言葉とは、「俺たちの世代の話をしよう」と
呼びかけたThe Whoに答える言葉、歌ということである。
なので、グループ・サウンズは外部の作詞・作曲家と
組んでお茶を濁していただけだった。
そういう意味では、実体は洋楽カヴァと
何ら変らなかったわけだ。

和製ポップス、或いは洋楽カヴァは、The Beatlesと、
それを受けたグループ・サウンズのブーム到来以前の
一過性のブームに過ぎなかったが、その機に乗じて、
ザ・ピーナッツ、森山加代子さん、弘田三枝子さんは
スターになった。

1960年、イタリアの歌手MinaのTintarella Di Luna‥
つまり「月影のナポリ」でデビューした森山加代子さんは、
洋楽カヴァのブームの浮沈をまともに喰らった歌手だ。

「月影のナポリ」はピーナッツも歌ってますが、
森山ヴァージョンを訳詞をしたのが岩谷時子さんで、
ヒットしたのもそちらだった。
それで渡辺プロとザ・ピーナッツは、 岩谷時子さんを
自分達のスタッフに引っ張り込むわけです。

坂本九の「上を向いて歩こう」があちらでヒットしたのも、
森山加代子や弘田三枝子、ザ・ピーナッツといった
当時の和製ポップスの柔軟なコンセプト、
完成度の高さがあったればこそで、
それより一足先に森山加代子の「月影のナポリ」や
弘田三枝子の「子供ぢゃないの」がアメリカで
ヒットしていたとしても、何らおかしくはなかった。

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Donna Lee

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